願うは君が幸せなこと

そそくさと逃げるように、千葉さんと創くんが出て行った。
二人の後ろ姿を恨めしげに見つめても、ドアは閉まってしまう。

急に、静かになった。
もともと人気のない、ただ資料が並べてあるだけの部屋だ。会話がないと静かで、本当にこのビルで大勢の人が働いているのか疑問に思えてくる。

恐る恐る、目の前の綺麗な横顔に視線を向けた。何を考えているのかわからない。

大きな目元にマスカラのまつ毛に紅く色付いた唇、それに細い首に控えめに光るネックレスが、余計に彼女を美しく見せている。
なんだか少し、不気味なほどだ。

私だって、咲野さんと話がしたいとは思っていた。だけどそれには心の準備というものが必要なのだ。
こんなに突然二人きりにさせられては、何を言うつもりだったのかさえ忘れてしまう。


「瀬名さん」

「……なんでしょうか」

一度はおさまったはずの緊張感が、再び襲いかかってくる。

「瀬名さんは営業部なのよね」

「……はあ」

「ちょっと相談があるんだけど……。月宮くんだけじゃ頼りなくってね」

そう言った咲野さんは、恥ずかしそうに頰を染めた。
相談という単語が、とても意外で首をひねる。月宮さんの名前が出てきたけど、頼りないとはどういうことだろう。

「相談って、私に?」

戸惑いながら尋ねると、咲野さんはこくりと頷いた。

噂では、高嶺の花で、しかもスマートに仕事をこなすと聞いた。だけど今私の前に立って眉を下げている咲野さんは、それとはまるで別人のように見える。

仕事の相談なら、わざわざ違う部署の私にしないだろう。
恋愛事なんて、一度話したことがある程度の私に相談するだろうか。ましてや、もう上手くいってるはずなのに。

何の相談か全く見当がつかなくて、咲野さんが口を開くのをどきどきしながら待つ。

そして。

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