願うは君が幸せなこと
「もしかして、この前エレベーターの前に立ってたの瀬名さんだった?」
この前、というのがいつのことを指しているのか、すぐにわかった。
月宮さんと咲野さんが付き合うという話を聞いた、あの時だ。
こくこくと頷くと、咲野さんは頰を緩ませた。
ふわっと笑ったその顔がとても綺麗で、まるでテレビを観ているような気持ちになる。
「やっぱり!後ろ姿だけちらっと見えて、そうじゃないかなーと思ったの!給湯室での私と月宮くんの会話が聞こえたんでしょ。違う?」
はい、その通りです。と心の中で返事をして、唇を噛んだ。
咲野さんはそんな私の様子で、肯定したと判断したらしい。
「勘違いさせちゃってたとは思わなかった。ごめんなさい」
その言葉に、はっと顔をあげた。
「え、じゃあ……」
「付き合ってないわ。私も月宮くんも、お互いのことはただの仕事仲間としか思ってないもの」
口を開けたまま固まった。
付き合ってないという事実がじわじわと、胸の中に広がってくる。
信じられない。
私の勘違いだったということだ。
心臓がドキドキとうるさい。
間違えていた?私が一人で勝手に想像して、勝手に失恋していただけだった……?
「給湯室での話は、月宮くんに千葉さんとの仲を取り持ってもらう約束をしてただけよ。ほら、彼って昔営業部にいたんでしょ?千葉さんに近付くきっかけを作ってくれるかと思って」
「じゃ、じゃあ噂は……?咲野さん、月宮さんにべったりだって聞いたけど」
そう言うと、咲野さんは呆れたように息をはいた。
「だあって月宮くんが一番優秀なんだもの。教え方も上手いしわかりやすいし、他の誰を頼るより早く問題が解決するのよ」
べったりしてるのは仕事に関してだけよ、と付け加えて、咲野さんは腰に手を当てた。