願うは君が幸せなこと

「あ、ちょっとごめん」

そう言って千葉さんは私達から少し離れた。
ポケットから携帯を取り出して画面を確認しているところを見ると、どうやら電話がかかってきているらしい。

相手を確認した千葉さんは、静かに店の外へ出て行った。
大事な電話なのだろう。会社か、もしかしたら取引先かもしれない。

それを見て、夏美が私のほうへと近寄ってきた。
月宮さんはイスに座ったままグラスを傾けている。どこまでもマイペースな人だ。

「ねえねえ祐希」

「なに?」

夏美は、すぐそこに座っている月宮さんにも聞こえないくらいの声で話しかけてくる。

「あのこと、千葉さんに聞けた?」

「え?」

なんのこと?と聞こうと口を開きかけて、ハッとした。
心配そうな顔をしている夏美が、私の言葉を待っている。

「ううん、まだ聞けてない……」

夏美と目を合わせていられなくなって俯いた。
ダークブラウンの床に張り付いてしまったように、そこから動けない。

出来れば忘れたい、だけど出来ない。
千葉さんが浮気をしているなんて噂、信じたくないから目を背けていたい。
でも夏美は、それは駄目だというように私の肩をポンと叩いた。

「だろうと思った。あのさ、私に考えがあるの」

「考えって…、何する気?」

「いいから任せてよ」

安心して、と言うようにニコッと笑った夏美が、一人黙々とテーブルの上の料理を食べている月宮さんのほうを見た。
視線に気付いたのか、月宮さんは顔を上げて夏美と視線を合わせる。

「はあ…」

そして、大きくため息をついた。
何がそんなに気に入らないのか、眉間にしわを寄せて人相の悪い顔をしている月宮さんに、意味もなく腹が立ってくる。

普段、愛想の良さやコミュニケーション能力を求められる営業という部署で過ごしているからか、同じ会社に彼のような態度を取る人がいるなんて信じられなかった。

実際、彼は開発部らしいし、営業部には向いていないのだろう。

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