願うは君が幸せなこと
「先に喋らせてやったんだから次は俺の番」
月宮さんはそう言って、一歩距離を縮めてきた。
どんどん近くなる距離に、緊張感も増していく。ふいに月宮さんの唇が目に留まって、あの日のキスを思い出してしまった。
「俺が一番最初にお前を見たのは、二年前。営業部の先輩の隣で必死に頭を下げてる姿だった」
「二年前……」
そんなに前から私のことを知っていたのかと、とても驚いた。
二年前といえば私はまだまだ補佐の仕事に慣れていなくて、毎日ドタバタしていたような気がする。
「先輩のミスなのに、補佐のお前が一緒になって部長にペコペコ謝ってて、まだ仕事にも慣れてなさそうな女が可哀想だなーと思ったな」
「それ覚えてる。ベテランの先輩が珍しくミスした時だったから」
「そんでその次の日、俺は早めに出勤して仕事してたんだ。何気なく、二十階の窓から外を見下ろした時だった。お前がちょうど出勤してきた」
月宮さんは懐かしそうに目を細めて、少しだけ微笑んだ。
「俺はてっきり、昨日必死に謝ってたあの女は、落ち込んでしょんぼりしてんだろうなーと思ってたんだよ。……でも違った。お前はかかとの高い靴を履いて、背筋を伸ばして歩いてた。知り合いの社員と笑顔で挨拶を交わして、中に入っていった」
「………」
「その姿が、なんか気にかかって……。今にもポキっと折れそうで見てられないっていうか、……上手く言えないけど、痛々しくて壊れそうっていうか」
身に覚えがある。
仕事で嫌なことがあった次の日だからこそ、格好つけて背伸びして、落ち込んでいる自分を隠していたのだ。
どうやらそれを、月宮さんに見抜かれていたらしい。