願うは君が幸せなこと
エレベーターへと近付くと、ちょうどドアが閉まる寸前だった。
「あ、すいません乗ります!」
エレベーターは二つあるものの、なにせ三十階まであるのだから、これを逃すと次に乗れるまで時間がかかる。
朝は特に、一番混む時間帯なので尚更だ。
ギリギリのところでドアを開けてもらって、なんとか乗り込むことが出来てほっと息をついた。
エレベーターの中には私の他に五人乗っているけれど、話しかけるような間柄の人は誰もいない。
ビルの中にはいくつもの部署が入っていて、社員の数はこの本社だけで五百人を優に超えているのだ。
顔見知りの人と偶然同じエレベーターに乗る確率はとても低い。
降りていった階で、あの人はシステム開発部かな、この人は人事部かな、と推測するに過ぎない。
もっとも、会社の業務内容があまりに多岐に渡るので、全てを把握出来ている社員がどれだけいるのかはわからないが。
「おい」
「わっ!?」
突然肩に手を置かれて、驚いて振り返った。
すると、背の高い男の人が眉間にしわを寄せて私を見下ろしていた。
怒っているように見える。
「七階でいいのかって聞いてんだけど」
「えっ、あ、そうです」
「さっきから人が親切に聞いてやってんのに何だお前」
男の人は、吐き棄てるようにそう言って、七階のボタンを押した。
見たことのない人だった。
「すみません……」
「……チッ」
最後にきつい舌打ちをされて、それきりその人は黙ってしまった。
多分私と同じくらいの歳だと思うのに、妙な威圧感に恐怖を感じてしまう。
他の同乗者はみんな気まずそうに、階数が表示されるパネルをじーっと見つめている。
エレベーターの中の空気がすっかり悪くなってしまい、ただただ早く七階に着いてくれと心の中で思った。