願うは君が幸せなこと
ほぼ無言のまま歩き、会社へと戻ってきた。
エントランスには人の気配は既に無くて、受付のカウンターにも誰も立っていなかった。
キョロキョロしている私とは正反対に、月宮さんはスタスタとエレベーターへ向かってボタンを押していた。
どうやら一階に止まっていたようで、すぐにドアが開く。
「乗らないなら閉めるけど」
「の、乗る乗る!」
今日の朝のやり取りが脳内に蘇ってくる。
あの時はもう会いたくないと思っていたのに、まさかその日の夜にレストランの同じテーブルに座ることになるなんて。
千葉さんと夏美がいるとすれば、きっと営業一課がある七階だろう。
そう思って七階のボタンを押そうとすると、もう既にランプが点いていた。
あと、二十階のランプも。
月宮さんは開発部だと言っていた。
営業と違ってあまり勤務中に外出することがない開発部は、ビルの上層階に部署を構えているのだ。
朝も思ったけど、どうして私が七階だと知っているんだろう。
少し考えて、夏美と一緒だからかと思い付いた。夏美の彼氏なら、夏美が普段七階にいることは知っていて当然だ。
でもそれなら、月宮さんは私と夏美が同じ部署だと知っていたことになる。
今日初めて口を聞いたと思っていたけど、月宮さんは以前から私のことを知っていたのだろうか?
「ねえ、」
思い切って聞いてみようとした時、エレベーターのドアが開いた。七階についたらしい。
「なに」
月宮さんはドアが閉まらないようにボタンを押して、私の言葉の続きを待っている。
なんとなくエレベーターから降りることが出来なくて、月宮さんの顔を見た。
今は、面倒臭そうにも呆れたようにも見えない。
すると次の瞬間、月宮さんが何かに気付いたような、ハッとした表情になった。
どうやら七階のフロアを見ているようで、どうかしたのかと振り返ろうとすると、珍しく焦ったような月宮さんに手首を掴まれた。