願うは君が幸せなこと
どくっと、心臓が嫌な音を立てた。
体が冷えていくような感覚がする。
「会社に戻って来たよね。月宮と二人でエレベーターに乗って、七階に上がって来たよね」
気付かれていた?
千葉さんが誰かとキスをしているのを見たこと、知られていた?
嫌な汗をかきそうだ。
思わずパッと視線を外して、俯いて床を見つめた。
それがもう”はいそうです”と言っているようなもので、だけど咄嗟に否定も肯定もすることが出来なかった。
千葉さんは、今この瞬間に、自分の浮気を認めたのだ。
見間違いであって欲しいという私の願いも虚しく、あれは千葉さんだったということだ。
「参ったなあ。まさか戻って来るなんて思わなかったよ。しかもあんな絶妙なタイミングで」
そう言った千葉さんがどんな表情をしているのかは見ていないからわからないけれど、声を聞いている限りでは、とても”参った”ようには感じられなかった。
きっと千葉さんは今、少しだけ片方の口角を上げているんだろう。
声色だけでそれがわかるくらい、この人のことを見てきた。
なんだかすごく泣きたい気分になってきた。
私は、なんて馬鹿だったんだろう。
「ちょっと前から噂が流れてたから、バレないように気をつけてたんだけど。ゲームオーバーだよ」
「……じゃあ昨日の人は、受付の」
「そう。美人の子。美男美女カップルだって評判いいみたいだよね」
どうして否定してくれないんだろう。
付き合ってないよ、って。あれはちょっとした事故だよ、って。
どうして信じさせてくれないんだろう。
優しくて、格好良くて、仕事も出来て。
そんな完璧な千葉さんが浮気なんてするはずない。
思いやりがあって、誠実で、いつでも笑顔で。
そんな尊敬する千葉さんが、こんな時にも笑ってるなんて。
本当に、なんて馬鹿だったんだろう。
最初から、遊ばれてただけだった。