願うは君が幸せなこと
「あいつだよ、月宮湊」
さらっと、井山部長はよどみなくそう言った。
「………え?」
「なんで開発部に転向したんだろうなあ、まだまだ記録伸ばせただろうに」
一瞬、頭の中が真っ白になった。
部長の言った言葉が耳から脳へ達するまで、しばらく時間がかかった。
月宮湊、その名前は知ってる。
口が悪くて、遠慮がなくて、無愛想な男。
初めてあった日、こういう人には営業は向いてないだろうなあと思った、その人。
開いた口が塞がらないとはまさにこのこと。
「………えぇええ!!?」
思わず叫んで、井山部長を驚かせてしまった。
「あ、やべ、これ誰にも言うなって口止めされてたんだった。瀬名ちゃん、内緒にしといてね。…瀬名ちゃん?……瀬名ちゃん?」
ずっと、憧れていた。
営業部に配属になって、こういう噂があるんだと先輩から聞かされた。
名前も知らない伝説の人を尊敬して、そんな人になりたいと思った。
一体どんな素敵な人で、どんな話術を持っているのだろうと、ずっと憧れてきたのだ。
それが、あの、言い合いばっかりしてしまって、だけど私のことを助けてくれて、何故かこの前一緒に居酒屋に行って、いきなり私を下の名前で呼び捨てにしてきた、あの、月宮さんだったなんて。
驚いて頭が上手く働かない。
今絶対私、まばたきの回数が極端に少ないと思う。
井山部長が不思議そうに私を見ている。
そして、優しい声でこう言った。
「意外?……そうだよなあ、あいつあんな奴だし。俺が振り回したみたいなもんか」
「え…?」