願うは君が幸せなこと
井山部長の話はこうだ。
高卒で入社して営業部に配属になった月宮さんは、課長だった井山さんの目に留まり、一年目は井山さんと一緒に営業先を回っていたのだそう。
その時に、井山さんは営業の極意を月宮さんに叩き込んだ。
そうしてその年、井山さんがついていたとはいえ、いきなり顧客獲得数トップという成績を打ち出した。
それは一人になった二年目も三年目も変わらず、月宮さんは三年連続顧客獲得数トップという金字塔を打ち立てたのだ。
だけどもともと開発部に興味があった月宮さんは、四年目を前にあっさりと部署異動願いを提出。
井山さんの制止をかわし、開発部に転向。
営業一課に月宮さんと同じ時期にいた社員は年々現役から退いていって減り、今の本社には数人しか残っていないこと。
月宮さんが井山さんや当時の社員に口止めをしていたこと。
これらのせいで、伝説の営業マンの正体を知る人は今では少なくなっている、という訳だった。
千葉さんが正体を知っていたのはきっと、井山さんと一緒に仕事をした時期に教えてもらったからだろう。
今もこの本社で働く、まさに生きた伝説。
私の相談に的確なアドバイスをくれたことに、初めて納得した。
それに、月宮さんは伝説の営業マンの話を極端に嫌っていた。
それは自分のことだと知られたくなかったからなのだろう。
やっと全てのことに納得がいったような気がする。
きっと夏美もこのことは知らないのだろう。
私達が入社したのは、すでに月宮さんが開発部二年目の時だったから。