願うは君が幸せなこと
「多分あいつは、俺が無理矢理営業部に引き止めてなかったらもっと早く開発部に行ってたんだろうな」
「でも、すごくもったいないです」
「俺もそう思ったから引き止めた。でもなあ、さっき久しぶりにあいつの顔みたけど、前より仕事楽しそうだったんだよなあ」
井山部長はそう言って、困ったように笑った。
その目はとても優しくて、月宮さんのことをどれだけ気にかけているかがわかるようだった。
「向いてる仕事より、やりたい仕事をしてる時のほうが、あいつにとっては幸せらしい」
「幸せ……」
部長の言葉を繰り返してみる。
月宮さんは、きっと成績よりも大事なものが自分の中で決まってたんだろう。
また一つ、あの人の新しい面を知った。
「じゃあ他のとこウロウロしてくるから。瀬名ちゃんは後輩くんのサポート頑張ってね」
「あ、はい!ありがとうございました!」
軽く手をあげて去って行く部長の背中を見つめながら、私の意識は二十階へ向かっていた。
部長に教えてもらわなければ、ずっと知らないままだったと思う。
ずっと誰なのかわからないまま、私は伝説の人に憧れて、そのまま何年も経っていつか退社して月宮さんとも会うことはなくなって、そうして伝説の人の存在すら忘れていく。
だけど知ってしまったから。
私はこれから先一生、その存在を忘れることはないだろう。
ずっと追いかけていた正体が月宮さんだとわかったときの、あの強烈な感情は、何があっても何年経っても、絶対に忘れられない。