願うは君が幸せなこと
”伝説の営業マン”というのは、私も実際に会ったことのない人物だ。
聞いた話によるとその人物は、新人にもかかわらず、社内で三年連続顧客獲得数トップという金字塔を打ち立てた人物で、それは会社が始まって以来の偉業だったそうだ。
そしてその人物は、営業とは違う部署で今も働いているらしい。
営業部の人なら一度は憧れを抱く、まさに生きた伝説。
初めて聞いたときは、本当にそんな人がいるのかと驚いた。さぞオーラがあって格好良くて素敵な人なんだろう。
会ってみたい。
同じ本社にいるならすれ違ったことくらいはあるのかもしれない。
私と同じ営業一課所属で、彼氏でもある千葉さんも、入社当初からかなり優秀だったらしいけれど、彼はその伝説ではないのだという。
頭の中での想像に過ぎないけど、きっと千葉さんと同じくらい完璧な人なんだろうなと、勝手にそう思っている。
創くんと話し終えてパソコンのキーボードを叩いていると、後ろからポンと肩を叩かれた。
「瀬名さん、頑張ってるみたいだからこれあげる」
「えっ……」
よく知る声に振り返ると、千葉さんがニコニコ笑いながらチョコレートを差し出してくれているところだった。
それだけで、疲れなんて吹っ飛ぶ私は相当単純だと思う。
「あ、ありがとうございます」
チョコレートを受け取って目を合わせると、千葉さんは私だけに聞こえる声で小さく呟いた。
「残業にならないように頑張って、ね」
そう言った後、ひらひらと手を振って遠ざかる背中を見つめながら、小さく唇を噛んだ。
顔がにやけないようにするために。