願うは君が幸せなこと
背筋を伸ばすでもなく丸めるでもなく、自然な体勢でパソコンを見つめているその人は、月宮さんだ。
その横顔にドキリとした。
普段の月宮さんとは全然違う真剣な目に、吸い込まれそうになる。
ますますわからなくなる。
初対面で失礼なことを言ってきた人と、真面目に相談に乗ってくれた人、それに私のことをからかうように名前をよんだ人が、同一人物だなんて信じられない。
声をかけるタイミングを探るものの、仕事の邪魔をしてしまいそうでなかなか出来ない。
それに、勢いでここまで来てしまったけれど、月宮さん本人に会ったところで何を話せばいいんだろう。
やっぱり戻ろうかと思った時、月宮さんがこっちを見た。
「びっ…くりした。何してんの」
「あ、いや……、たまたま通りがかって」
無理がある。こんなところ、たまたま通りがかるはずがない。
だけど咄嗟に口から出た言葉がこれだったのだ。
案の定月宮さんは、嘘つくなと言うように笑った。
「二十階に?もうちょっとまともな嘘つけよ」
呆れたように笑われて、なんだか恥ずかしくなってくる。
本当に私、ここで何してるんだろう。
「ご、ごめん、仕事の邪魔だったよね。じゃあ頑張って……」
「こら、待て」
そそくさと帰ろうとした私を引き止めるように、月宮さんは慌てて立ち上がった。
その拍子に椅子がガタッと音を立てて、静かな空間に響き渡った。
「もう終わるからちょっと待ってろ」
「え」
「何か用事だろ?ほらここに座っとけ」
月宮さんは、隣の椅子を引っ張ってきてそう言った。
そしてすぐに、パソコンの画面へと視線を戻してしまう。
これで待たずに帰るのもおかしいかと思い、言われた通りにすることにした。
普段誰が使っているのか知らない椅子に腰掛けて、私とは比べ物にならないスピードで文字を打つ月宮さんをチラチラ見る。
時々考え込むような仕草を見せて口元に手を当てたり、私には理解出来ない文字の羅列を眺めて眉間にしわを寄せたり。
一つ一つの動作が新鮮で、月宮さんの横顔をずっと見ていた。