願うは君が幸せなこと

少しして、月宮さんが背もたれにもたれて思いっきり伸びをした。

「あー、終わった」

「え、もう?」

結局、待ったのは十五分程度だった。
もうすぐ終わると言っていたのは本当だったみたいだ。

「お前見過ぎ。変に緊張したわ」

ジロッと睨まれながらそう言われて、思わず肩をすくめた。
自分でもその自覚があるから言い返すことが出来ない。

デスクに置いていた缶コーヒーを一気に飲み干して、月宮さんは椅子を回転させて私と向き合った。

「で?わざわざ仕事終わりに二十階まで何の用?」

ぎくっと肩が動く。

ここまで来て、確かめるかどうか迷っていた。
きっと、知られたくないことを知ってしまったんだと思うから。
これを確かめることは、月宮さんにとって迷惑なことなんじゃないかと、少し怖い。

そう考えて、何かがおかしいことに気付いた。
だって私は、この人にどう思われようとどうでもいいはずだから。
嫌われようが迷惑がられようがどうだっていいと、そう思っていたはずだから。

それなのにどうして怖いだなんて、一瞬でも考えてしまったんだろう。

自分の中で変わっていく気持ちに戸惑って、軽く頭を振る。
どうだっていい。うん、そのはずだ。

「……ごめん、聞いちゃったんだ」

「何を」

「井山部長に……」

「!」

月宮さんの表情が、わかりやすく強張った。
何の話か見当がついたんだろう。
次にその表情が、どう変わっていくのかわからなくてまた怖くなる。

「今日、井山部長と月宮さんが話してるの見て、その後に部長に聞いたの。……その、伝説の営業マンの話」

「………」

月宮さんは、何を考えているかわからない無表情で天井を見上げた。


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