願うは君が幸せなこと
「…どうして教えてくれなかったの?」
何も言わない月宮さんをじっと見つめる。
まだ知り合って間もない私なんかに教えてくれなくても当然かもしれないけど、そう尋ねずにはいられなかった。
「……言えるかよ」
「え……」
ハッとして顔を見ると、月宮さんはとても悔しそうな顔で、ポツリとそう言った。
「お前も、他の奴も、憧れてるのがわかったから。目標にしてるのがわかったから。……言えねえだろ」
辛そうな表情に、胸が締め付けられるようだった。
だけどこの言葉が、やっぱり伝説の人は月宮さんだったのだと決定付けている。
私が追いかけていた人は、この人だったのだ。
「憧れてるし、尊敬してるよ。だって素直にすごいと思うから」
「だからそれが!」
大きな声に驚く。
いつも遠慮がなくて嫌な表情を隠しもしない月宮さんだけど、今は少し違う。
必死に何かを堪えているように見えるのだ。
「そんな奴が俺だって知られたらどうなる?お前がずっと憧れてきた奴が、俺みたいな人間だってわかったら、幻滅するしショックだろ」
「え……」
「理想を壊すことになる。俺はお前が思い描いてたような、完璧な人間じゃない。すごい人間でもない。だから言えなかった」
怖がっている。そう思った。
月宮さんも怖いんだ。
噂ばかりが一人歩きして、話が誇張されていって。
そんなすごいことをやってのけた人は、どれだけ素敵な人なんだろうって全員が全員思って。
そう言われれば言われるほど、 きっと名乗りたくなくなっていったんだろう。
だけど、事実なのに。
伝説の営業マンの正体が月宮さんだったことは、確かにものすごく驚いたし意外だった。
でも伝説と言われるほどすごいことをしたのは事実だし、胸を張れることなのに。