願うは君が幸せなこと
午後六時、仕事を終えて会社のビルを飛び出した。
秘密の交際をしている私達は、他の社員の目につくところで待ち合わせをしない。
だいたいは、食事をするお店で落ち合うか、少し離れた公園で落ち合うかのどちらか。
今日は前者なので、千葉さんが予約してくれたイタリアンのお店へと向かった。
もちろん誰かに見られたら困るので、目立たない場所にあるお店の、一番奥の席にいつも座るようにしている。
木目が美しい扉を開くと、カランカランと音が鳴った。
足を踏み入れると、まず目に入るのはズラリと並んだワインのボトル。それから、天井でキラキラと光る大きなシャンデリア。しっとりとした音楽に、美味しそうな匂い。
千葉さんは食事の場所を選ぶときにも、抜群のセンスを発揮する。
だから、こんなお洒落なお店が似合う千葉さんの隣に立っていても恥ずかしくないように、私は大人びた格好をするのだ。
店内を見渡すと、奥のテーブルに千葉さんが座っていた。
「すみません、お待たせしてしまって」
「お疲れ。俺も今来たところだよ」
ニッコリ笑ってそう言ってもらえて、ほっと胸を撫で下ろした。
千葉さんは彼氏であり、尊敬する先輩だ。
「乾杯しようか」
「はい」
運ばれてきたワインを手に取り、控えめにグラスをぶつけた。
目の前の、ワイングラスを手にする姿に見惚れそうになる。
気付かれないようにチラッと伺うと、千葉さんは満足そうに息をついていた。
「今日のその靴、素敵だね。朝から思ってたんだけどなかなか言うタイミングがなくて」
「ほ、本当ですか?嬉しいです」
「俺の趣味をよくわかってくれてる」
まるで千葉さんと釣り合えているような気になって、嬉しさに頬が緩んだ。