願うは君が幸せなこと
「……やっぱり僕、瀬名さんのこと諦められません。瀬名さんが近くにいてくれたら、もっともっと自分が成長出来る気がします」
「は、創くん、私のこと買い被りすぎだよ」
「付き合ってる人がいるんですか?」
創くんにも、こんなに押しの強い一面があったのかと感心してしまった。
「今はいないけど……」
「じゃあ、誰か気になる人がいるんですか?」
「そんなわけじゃ、」
そこまで言って、不自然に言葉が途切れてしまった。
気になる人なんて今の私にはいないと頭で考えてから口に出すまでの間に、何かが引っかかったのだ。
言葉を詰まらせる私を見て、創くんは眉を下げた。
「……いるんですね」
確認するようにそう言われても、否定することが出来なかった。
自分でもよくわからなかったから。
「それなら、やっぱり僕は身を引きます。だってどう考えたって、瀬名さんには……好きな人には、本当に好きな人と幸せになって欲しいですから」
そこでようやく、創くんが少しだけ笑顔を見せた。
心からの笑顔ではなかったけれど、これから前を向いていくという意思が表れているように思えて、少しホッとした。
「明日からはまた、仕事仲間としてよろしくお願いします。早く成長して、立派な営業マンになりますから!」
「……うん、そうだね」
「だからすいません、今日だけは。……あはは、なんか泣きそうです」
笑ったと思っていた創くんが、下唇を噛んだ。
目が潤んで、光を反射してキラキラと光っている。
創くんのこんな表情を見るのはきっと最初で最後なんだろうなと、ぼんやりと思った。
「……すいませ、……先に失礼します」
鞄と缶コーヒーを持って立ち上がった創くんがペコっと頭を下げて、そのまま背中を向けて歩き出した。
最後、顔を見せてくれなかった。
明日からはきっともっと大きく見えるだろう背中に向かって、また明日と小さく呟いた。