アハト
箱
オトコは箱に住んでいた。

小さな村の白い箱。

彼の部屋は空白の様に真っ白でベッドも机もすべてが白だった。
もっとも部屋にあるのはそれだけであとは小さな窓が彼の目線の高さに一つ。

そこは目を凝らしたならばあらゆる闇に取り憑かれそうな程にただ白い。

オトコが発するコトバは毎朝ただ一回の
『おはよう』
その碧い蒼いコトバは行く先もなくなゆたに溶ける。

オトコの日課は村の外れの小高い丘にある紅い樹の下に行く事。
毎日朝日の少し後に置かれる小さなパンとミルクとシチューの入ったカゴを取りに行くコトだった。

なぜそこに行くのか、いつから日課になったのか、なぜその淡い茶色のカゴはそこに存在するのか。

オトコにとってそれは、なぜ漆黒の彼方にこの星存在するのかと問うのと同じくらいのただの事実にすぎなかった。

花であるのに下向きに咲く白いベールのすずらんを彼は避けて歩いたのではなく。
ただ偶然踏まなかっただけなのだ。

彼はいつもの机でシチューとミルクを飲む。
そしてかならず窓の前に立ちパンを頬張る。
オトコの変わらぬ日常でただ一つ違うのが窓の外だった。
そしてオトコは陽が遠くの森へ消えるのを待たずに眠りにつく。
< 1 / 25 >
表紙・目次

この作品をシェア

pagetop