アハト
『それでいいだろう』
オトコは下を向いたまま色のない声を、聞こえぬほど低い声を発した。
『ぼくは黒を背負って、だがすべてを受け入れ飽和し白い日常を送る。』
『ライフ、君が望んだ事だ』

オトコは前を向いた。

『君は虚無じゃない。ぼくはこのままでいい。』
オトコは口以外はほとんど動かさず感情なく言う。

ライフの朱い唇は笑みをなくしていた。

『でも君はアハトを捨てた』
ライフは強い口調で言葉を放った。
オトコはハッと顔をあげ、表情をくずした。

『アハトを捨てた…。元の日常に戻ろうとした』
オトコの声は震え、怒りさえ感じられた。

ライフは悲しそうにその目を細め少しだけ口を開いた。
『その恐怖はぼくの恐怖だ。』

『アハトを捨てたのは戻る為じゃない。』

『違う!』

『進むためだ』

『違う!』

『君は受け入れてきた日常を捨て、すすみたいと願ったんだ!』

『違う!!!』
オトコは頭を抱え黒のそこに崩れ落ちた。

冷静を取り戻したライフがオトコを悲しく見下ろす。

『君は悲しい。ぼくはこれほどまでに弱いのか。』

そしてオトコの肩に手を乗せまっすぐ瞳を見た。
『立つんだ。ライフ。』
< 16 / 25 >

この作品をシェア

pagetop