アハト
歩いても歩いても塔にはたどり着かなかった。

オトコは未だ目の雫をこぼしたまま後ろを振り向く。

橋の切れ目はまだそこに、オトコの足下にあった。

オトコはアハトを抱いたまま座り込んだ。
翡翠の涙は止まらず立ち上がる力も出てはこなかった。

突然、風が吹き出した。
花の揺れる音や空の歌う音があたりを支配し始める。
振り向くと橋の切れ目の向こうに彼の紅い樹が見えた。

オトコは立ち上がる。

ぼくは…
あそこへ行くんだ。

ぞくっと背筋が凍りつくようだった。
オトコが踏み出そうとしたその時、すべての音が消え失せた。
存在しなかったなにかがオトコの後ろに立った。

恐る恐る振り向く。

オトコは涙も忘れ大きく目を見開いた。

オトコの前には前進灰色の何かが立っていた。
瞳は緋よりも赤く灰色の腕には月色に洸る巨大な鎌が握られていた。

オトコは動けなかった。
目の前のモノが恐ろしく、そしてまたそのモノの正体がわかっていたから。

灰色の何かは似つかわしくない純白の歯を見せ、にたりと笑うとオトコに真っ直ぐ向かって来た。

オトコはアハトを守るように体を屈めきつく目をつむった。
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