アハト
『おはよう』

赤いすずらんは答えない。

紅い樹の下に赤いすずらんはなかった。

樹の下にはいつものカゴがあった。

部屋は真っ白だった。
目を凝らせばあらゆる闇に支配されてしまいそうな程に。

黒い点があった。
日常を壊す黒い点。

それは黒く小さなネコだった。
小さく孤独な躯に小さな碧い目が浮いている。

オトコはいつもの机でいつものシチューとミルクを食べた。

パンを頬張りながら窓の外に虹をみた。
七色に光る美しいそれがオトコは嫌いだった。
虹には白も黒もなかった。

オトコは振り返る。
ネコは黒い点としてまだそこに存在していた。

空虚な白の中のその黒は輝かしく、またしかし空虚であった。


毎日変わらぬ日常を守って来たオトコの部屋には今では赤い点と黒い点があった。
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