いつか、このどうしようもない想いが消えるまで。
***
兄さんとは、12歳年が離れていた。
頭脳明晰、品行方正、眉目秀麗……俺が物心ついたときにはもう非の打ちどころのない完璧な跡取りだった。
父さんにとって遅くに出来た俺は、おもちゃの様な存在だったのだろう。
のびのびと言えば聞こえはいいが、特に目を掛けられることもなく自由奔放に育てられた。
将来を期待された兄さんと、おまけのような俺。
光と影。
その明暗は、誰が口にしなくてもハッキリ線引きされていた。
そんな俺でも親類縁者のほとんどが医師という職業についている環境にいれば、医師を志すのは自然だった。
特別なキッカケもある。
兄さんに一度だけ連れて行ってもらった夏の海で、心臓まひを起こして倒れた男性に遭遇した。
周りの大人たちがオロオロしている中、高校生だった兄さんは落ち着いて救助し蘇生させたんだ。
まだ6歳だった俺でもハッキリ残っている記憶。
そんなカッコいい兄さんが憧れで、自分も大きくなったら兄さんのようになるんだと決めた。
俺は大きな病院よりも、医師のいない小さな島や街で働きたいと思っていた。
そんな夢を語った俺に。
『立派だぞ』
兄さんは目を細めて賛成してくれた。
父さんも同じく。
『息子が医者になってくれるなんて、こんなに嬉しいことはない。頑張れよ』
頑張れよ───そのエールが幼い俺にもどこか他人事に聞こえたことに、密かに胸を痛めていたなんて、父さんは知らないだろう……?