いつか、このどうしようもない想いが消えるまで。
指が食い込むほどの力でフェンスを掴んでいた俺の耳に、柔らかい声が運ばれてくる。
「怪我、してない……?」
力が、フッと抜けた。
「……どこも……怪我してないっ……?」
もう一度言いながら、心配そうに目を走らせるその顔と。
ふと見上げた眩しい太陽に……いつかの記憶が蘇る。
『柊哉だけには特別に教えてやる。彼女は俺の大切な人なんだ。あっ、これは父さんや母さんには内緒だからな』
『はじめまして、柊哉くん。小野美鈴です』
兄さんが連れて行ってくれたあの夏の海で、初めて小野美鈴に出会った。
二回目に見たときは父さんの前で涙を流していたその顔も、兄さんの隣では柔らかかったことを思い出す。
『美鈴ちゃんよろしく!』
無邪気に答えた俺が抱いた彼女の第一印象は、キレイで優しそうな人。
俺と接する時には見たことがない表情をする兄さんを見ながら、似合いのふたりだなんてガキながらませたことを思っていた。
いま、目の前にいる彼女は……明應高校の教師の顔じゃなく。
兄さんの彼女だった、あのときの、美鈴……。
「ごめんなさい……柊哉くん……」
「……」
「あなたをこんな風にさせたの……私よね……」