もしもの恋となのにの恋

「・・・何で?・・・何で秋人は私が千鶴を階段から突き落としたこと、知ってるの?」
妙に落ち着いたトーンで夏喜がそんなことを聞いてくる。
そんなこと、どうでもいいだろ?と俺は心の内で呟いた。
木枯らしの吹く秋の街道は寒い。
それでも人はまばらながらにいて、立ち止まって悪趣味な話をしている俺たちを訝しげに見ては離れていく・・・。
俺たちだけがこの世界にいて、この世界から切り離された存在だった。
異様、異端な者はいつだって蚊帳の外で風当たりは冷たい。
それがこの世の決まりごとだ。
そして、世界はいつだって残酷だ・・・。
「・・・その瞬間を俺は見てた。・・・だから知ってる」
俺の言葉に夏喜は文字通り、目を丸くした。
それは大きく見開かれた目から眼球がこぼれ落ちるのではないかと心配になるほどだった。
ただ、その相手が夏喜だったので俺は心配などしなかった。
それどころか俺は本当に夏喜の眼球がこぼれ落ちればいいとさえ心の内で思った。
俺は本当に愚かで残忍な人間だ・・・。
そんな人間がなぜ、医者になどなろうとするのか俺にはわからない。
それも自分のことなのに・・・だ。
俺は別に人間が好きなわけでもないし、見ず知らずの人間の命を無条件に救いたいとも思わない。
そんな人間が医者になどなって本当にいいのだろうか?
俺はいつもその疑問に苦しめられる・・・。
そして、その度に忍の顔が頭に浮かぶ・・・。
あの日、あの海で死んだ忍はあの日の生きていた時から年を取っていない・・・。
それは当然のことだ。
だって俺は大人になった忍の顔を知らないのだから・・・。
俺の中の忍はもう永遠に年を取らない・・・。
そして、今も不様に醜く生きている俺たちは生きている限り、年を取り、老いて朽ちていく。
よぼよぼの爺、婆になるわけだ。
もちろん、何もなければの話だけれど・・・。
「夏喜、お前・・・何であの時、笑ってた?」
俺はできるだけ気持ちを落ち着けてそう夏喜に訊ねてみた。
「・・・何のこと?」
夏喜のその問い返しに俺は我を失った。
「しらばっくれるな!」
怒声と言うにはおぞましい声で俺は夏喜を怒鳴り付けていた。
隣に千鶴がいると言うことも忘れて・・・。
「夏喜・・・お前、千鶴を突き落としたあと、笑ってただろ!何で笑ってた!?もしかするとあの時、千鶴は死んでいたかも知れないんだぞ!?」
「・・・秋人、もうやめて?私なら・・・大丈夫だから」
隣から聞こえてきた千鶴の涙声に俺はハッとさせられた。
千鶴の前でそんなことを問うべきではなかった。
嗚呼、俺は本当に馬鹿だ・・・。
なぜ、俺はそんなことを口にした・・・。
なぜ、今、口にした・・・。
言いようのない後悔と憤りがせりあがる・・・。
嗚呼、時間よ止まれ・・・。
そして、あの頃に巻き戻れ・・・。
何もなかったあの頃に巻き戻れ・・・。
忍の生きていたあの頃に巻き戻れ・・・。
例えそこに俺がいなくとも俺はかまわない・・・。
俺はただ、千鶴の幸せを願うから巻き戻ってくれ・・・。
俺は願いはただ、それだけだ。
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