もしもの恋となのにの恋
答え
「・・・千鶴」
俺と千鶴はあの海に来ていた。
そう、あの海に・・・。
忍が死んだあの海に・・・。
寄せては返す穏やかな波は秋の日の光を受けてキラキラと輝いていた。
千鶴はその波打ち際に立ち、無感情な目で遥か彼方に見える水平線を見つめていた。
・・・千鶴はそこまで目がよくないからその水平線が綺麗に見えているのかはわからないけれど・・・。
「・・・秋人は私を置いて逝ったり・・・裏切ったりしないよね?」
千鶴の微かな声も俺は絶対に聞き逃さない。
いや、聞き逃しちゃいけない・・・。
「指切りでもする?」
俺はそう言って千鶴の横に立ち、遥か彼方に見える水平線を見つめ見た。
「・・・忍と夏喜、何してるかな?」
ぼそりと呟いた千鶴に俺は大きな溜め息を吐き出した。
薄い灰色の染みが幾重にも重なって心の内に広がっていく・・・。
それは幾重にも重なる内に薄い灰色から漆黒へと変わっていった。
漆黒・・・。
その色はまるで千鶴が今、着ているワンピースの喪服のように黒々としていた・・・。
夏喜が死んだ。
それもまた、不慮の事故だった。
俺と千鶴は仲良く、唯一無二の親友を失ったわけだ。
・・・それに時間差はあるけれど・・・。
忍は俺の唯一無二の親友だった。
夏喜は千鶴の唯一無二の親友だった。
忍は千鶴のことが好きだった。
俺も千鶴のことが好きだった。
夏喜は俺のことが好きだった。
千鶴は忍のことが好きだった・・・。
忍は千鶴に嘘を吐き、夏喜もその嘘に乗っかった。
それは俺と千鶴をくっ付けるための嘘だった。
けれど、俺は・・・何もしなかった。
自分の気持ちを打ち明けることもなく千鶴の側にいた。
影のようにそっと、千鶴の側にいただけだった・・・。
千鶴が幸せならそれでいい。
そう思っていた。
なのに・・・だ。
現実はいつだって残酷だ・・・。
千鶴はあの夏、この海で忍を失った。
そして、今度は唯一無二の親友を・・・。
千鶴は来年、宮原さんと結婚する予定だった。
その婚約もなくなった。
そう、俺のせいで・・・。
これじゃまるで俺は疫病神だ。
本当にそう思う・・・。
「ねぇ、秋人?」
千鶴の呼び掛けに俺は『ん?』と声を漏らした。
「秋人はさ・・・忍や夏喜みたいに私を置いて逝ったりしない?」
そう言った千鶴の声は恐ろしく震えていた。
そして、それは先程と差ほど変わらない問いだった。
俺はさっき『指切りでもする?』と言っただけだった。
その答えはあまりにも不透明で卑怯なものだと自分でも思っていた。
ちゃんと答えないといけないか・・・。
俺は心の内でそう呟き、小さな溜め息を吐き出した。
「・・・それは・・・わからない」
俺はそんな冷たい言葉を口にした。
この場合、普通なら『置いて逝かない』と言うべきなのだろう。
そのくらい、俺にでもわかる。
なのに・・・だ。
俺はそれをしなかった。
そんな俺を千鶴は笑った。
それも屈託なく・・・だ。