もしもの恋となのにの恋
知らなくていい
「階段から落ちた時の傷痕が痛くって・・・」
私はそう言ってズクズクと痛む左側の後頭部をゆるゆると撫で付けた。
司はそんな私を心配そうに見つめ、どこか痛むような表情を浮かべていた。
「・・・司?どうしたの?」
「・・・え?何でもないよ。・・・千鶴、本当に大丈夫?」
司は優しい・・・。
そして、司は人の痛みに敏感だ。
「大丈夫。・・・平気だよ!」
私は無理にそう明るく言って笑ってみた。
本当は痛いし、具合は悪い。
けれど、司に心配はかけたくない。
私は高校二年の春、階段から落ちて意識を失う不慮の事故に遭った。
アレは事故だ・・・。
今更その判断を変えるつもりはないし、その判断は変えてはいけない。
私とその当事者以外、誰も知らなくていい事実・・・。
世の中には知らなくていいことが多い。
今回だってそうだ。
私は高校二年の春、階段から足を滑らせ転倒。
一時意識不明の重体に陥るも無事に生還し、私は今、生きている。
左側の後頭部に傷痕は残ったけれど、私は今、生きている。
・・・それでいいと私は思う。
誰も知らなくていい・・・。
あの日の事故が意図的に起こされたものだったことなど私以外、誰も知らなくていいことだ。
・・・そう、誰も知らなくていいんだ。
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