もしもの恋となのにの恋

ぼんやりと誰かの影が見えた。
細身の男性の後ろ姿・・・。
それは見たことのある影だった。
その見たことのある見慣れた後ろ姿に私はハッとした。
息は止まり、心臓は高鳴った。
「・・・秋人?」
私の声は酷く掠れていた。
それでもその声は秋人に届いた。
秋人はゆっくりと私を振り返り見つめ見ると僅かに微笑んだ。
秋人のその微笑みは見逃してしまいそうなほど僅かなものだった。
それでも私はその微笑みを見逃さなかった。
それだけ秋人のその微笑みは意味深なものだったから・・・。
「・・・大丈夫か?」
そう訊ねてきた秋人の声は本当に優しかった。
私は今の状況がよくわからないまま小さく頷いた。
それに秋人は『そうか』と呟いてまた微笑んだ。
場所は私のアパートで私はベッドの上に寝かされて布団もかけられている。
これは記憶を失う前と何も変わらない。
大きく違うことは私の部屋に秋人がいると言うこと・・・。
なぜ、秋人が私の部屋に?
その疑問を察してかベッドの縁に腰掛けている秋人は苦く微笑んだ。
今夜の秋人はよく笑う・・・。
そんなことを心の内で呟いてみる。
そして、それはいいことだとも付け加えてみる。
秋人は普段、あまり笑わないから・・・。
「悪い・・・。電話の途中で急に応答がなくなったから気になって来た。・・・合鍵、ポストの中に入れてるの俺、知ってたからそれを使って入った。今思えば宮原さんに連絡入れりゃよかったんだよな・・・。悪い・・・」
秋人は本当に申し訳なさそうにそう言って目を伏せた。
子供みたい・・・。
不意にそんなことを思う。
「大丈夫。・・・ごめんね?心配してくれてありがとう」
私の謝罪と感謝の言葉に秋人は照れ臭そうに小首を振った。
そんな秋人を私は純粋に可愛いと思った。
「恐らく風邪だろが朝になったら病院に行けよ?なんなら送るから」
秋人の勧めに私はクスクスと笑った。
ちょっと意地悪をしてやろう。
また不意にそんなことを思った。
「なら、秋人先生が診察してよ」
私の言葉に秋人は不機嫌そうに大きな溜め息を吐き出した。
それが照れ隠しであることはすぐにわかる。
それだけの時間を共にしてきたのだから・・・。
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