もしもの恋となのにの恋
忍は泳ぐのが上手かった。
だから忍が溺れて死ぬなんてことを俺も千鶴も夏喜も予想だにしていなかった。
だが、それは過信だった・・・。
事故は誰にでも起こりうるし、事故は予期できない。
忍の姿が見えない。
そうはじめに言い出したのは千鶴だった。
俺はその時、便所だろうと千鶴に言葉を返した。
だが、嫌な予感がした。
何かが胸につっかえる感じがあった。
とにかく俺はパニックになりつつある千鶴を落ち着かせようと試みた。
だが、千鶴はいつしか泣き出していた。
俺は泣きじゃくる千鶴を夏喜に預け、辺りを駆け回り忍を探した。
大人にも声をかけ、一緒に探してもらった。
ふと、波と波との合間に何かが見えた。
そんな気がした。
ドクンと大きく心臓が脈打った。
それと同時に俺は海に飛び込んだ。
まさか・・・。
そんな・・・。
けれど・・・。
そんな言葉が嫌と言うほど耳元で木霊した。
俺はその何かをなんとか岸に引き上げ呆然とする間もなく心肺蘇生を試みた。
誰かが遠くで何かを叫ぶ声が聞こえた。
何を叫んでいるのかはわからなかったし、それを気にする余裕が俺にはなかった。
何度も何度も俺は忍の名前を叫んだ。
心臓マッサージをしている俺の腕を誰かが強く掴み、低い声で『もうやめろ』と言った。
俺はその腕を振りほどき『おい』と言うその怒声も無視して心臓マッサージを続けた。
「・・・忍?」
ひどく掠れたその声に俺はぎょっとさせられた。
ふと心臓マッサージの手が止まる。
「・・・忍?ねぇ・・・忍?」
嗚呼、駄目だ・・・。
そう思いつつ俺はその声のする方をそろそろと振り返った。
そこには鼻水と涙でぐちゃぐちゃな顔になった千鶴が呆然と立っていた。
嗚呼、駄目だ・・・。
何かが崩れる音が聞こえた。
千鶴はその場に力なく崩れると声もなく大量の涙をボロボロと流して泣きだし、夏喜はその後ろでわんわんと泣き叫んでいた。
俺はそんな二人から目を反らし、蒼白くなった忍のようなモノを呆然と見つめた。
これが・・・本当に現実なのか?
俺は言葉なくその忍のようなモノに訊ねた。
その忍のようなモノは俺のその問いに答えてはくれなかった。
俺は海が嫌いだ・・・。
俺は心の内でそう呟き、目の前に広がる大海を無感情に見つめ見た。
「・・・よく頑張ったな、坊主」
誰かがそう言って肩をポンと叩いてくれた。
俺は無力だ・・・。
俺は心の内でそう呟いた・・・。
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