もしもの恋となのにの恋
「わからないけれど・・・だ」
俺はそう言って意識して微笑み、ガクリと項垂れた。
忍の死は誰が悪いわけでもない・・・。
あれは不慮の事故だった・・・。
誰だってそんなこと、わかっている。
それでも俺は自分を責めるし、千鶴も自分を責めている・・・。
あの日、海に行こうと言ったのは千鶴だった・・・。
千鶴があの日、海に行こうと言わなければ忍はあんな事故に遭わずに済んだだろうか?
いや、それはきっと違う・・・。
なんとなく、そんな気がする。
あれは間違いなく、不慮の事故だった・・・。
だが、あの日、忍の運命はもう決まっていたのではないだろうか?
人は生まれながらに『運命』を担っているのではないかと俺は思う。
千鶴があの日、『海に行こう』と言っていなければ忍は海で死ぬことはなかったのかも知れない。
だが、他の死因で忍はその日、命を落としたのではないだろうかと俺は思う・・・。
本当に人は無力だ・・・。
あの事故は誰か一人が悪いわけではない・・・。
そう、全て・・・。
それでも俺たちは自分を責め続ける・・・。
もしも、あの日、海に行こうなど言っていなければ・・・。
もしも、もっと早くに忍がいなくなったことに気づいていれば・・・。
もしも、もっと早くに溺れている忍の存在に気づいていれば・・・。
もしも、もっと俺がちゃんと心肺蘇生をできていれば・・・。
何度も何度も俺たちは同じ事を心の内で思い、自分を責める・・・。
だが、そんなことに意味はない・・・。
『もしも』何てものはこの世に存在しない・・・。
なのに・・・だ。
俺たちはその『もしも』をやめられない。
俺たちはその『もしも』の呪縛に未だに取り憑かれ、捕らわれ、苦しめられている・・・。
千鶴はのそのそと上体をベッドの上に起こすと大きく重たい溜め息を吐き出した。
それと同時に聞こえてきたパタパタという小気味いい音に俺はドキリとさせられた。
俺はゆっくりと千鶴の方を振り返った。
「・・・千鶴」
千鶴は声もなく泣いていた。
そして、それを目にした俺は思った以上に悲しい声を出していた。
そして、俺はひどく戸惑っていた。
「・・・ごめんなさい」
千鶴の謝罪の言葉にズキリと胸の内が痛んだ。
『謝るな』そう言いたいのに言葉が出てこない。
俺は昔から口下手だ・・・。
言いたいこと、かけたい言葉はいくらでもあるのにそれが千鶴だと全く出てこない・・・。
夏喜や他のヤツらにならいくらでも言える言葉も千鶴が相手だとそれがどうしてもできない。
忍や宮原さんならそんなことはないだろう・・・。
嗚呼、俺は無力だ・・・。
こう言うことがあると本当にそうだと痛感させられる・・・。
千鶴の涙はパタパタとこぼれ落ち続け、布団にはその涙のせいでいくつものシミができあがっていた。
それは薄黒く、底無し沼のようなシミだった。
なんと声をかけようか・・・。
そう考え、その答えを出すよりも先に俺の体は動いていた。
俺は無意識の内に千鶴を抱きしめていた・・・。
あの日、あの海で泣きじゃくる千鶴を抱きしめたのと同じようにそっと優しく、そっと強く俺は千鶴を抱きしめていた・・・。
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