もしもの恋となのにの恋
会いたい
トクン、トクン・・・。
その心音は私のもの?
それとも・・・秋人のもの?
私は涙を流しながらその落ち着く音に聞き入っていた。
人は信頼できる誰かに抱きしめられるとひどく安心する生き物らしい・・・。
私はゆっくりと秋人の背中へと手を回し、秋人と更に密着した。
秋人の匂いがする・・・。
秋人の息遣いがわかる・・・。
秋人の心音が聞こえる・・・。
秋人の体温がわかる・・・。
「・・・秋人、ごめんね」
私は謝った。
けれど、何に謝ったのかはわからない・・・。
看病してもらったこと?
それとも急に泣きだしたこと?
それとも忍の命を奪ったこと?
考えれば考えるほどなぜ謝ったのかわからなくなる私は本当に馬鹿だ。
「・・・謝るなよ」
秋人は静かな声でそう言うと私を更にきつく抱きしめた。
秋人も辛いんだ・・・。
そう思うと秋人を抱きしめる私の腕にも力が入った。
私を今、抱きしめてくれている秋人はあの頃よりも大きく、力強くなっていた。
そんなこと、当たり前だ。
中学生の男子生徒から成人の男性になったのだから・・・。
それは本当に当たり前のことなのかも知れないけれど、それは私に過ぎ去った『時』を無条件に突き付けてきた。
けれど、いくら時が過ぎ去ってもいくら大人になっても変わらないものもいくつもある。
私は私で秋人は秋人だ。
私と秋人は無言で抱きしめ合っていた。
私と秋人は恋人同士じゃない・・・。
なのにこうして抱きしめ合って支え合っている。
秋人がいなければ私はあの夜、あの海で死んでいた。
忍が死んで一ヶ月が過ぎ去った日、私は忍の後を追おうとあの海へと向かった。
私は忍が死んでから毎晩、あの海へと足を運んでいた。
雨の日も風の日も毎晩、毎晩あの海へと足を運んだ。
忍に会えるかもしれない・・・。
そんなあり得ない期待を胸の内に秘めて・・・。
忍は死んだ・・・。
もう、忍はこの世にいない・・・。
もう、忍には会えない・・・。
・・・わかっている。
ちゃんとわかっている・・・。
それでも私はどうしても忍に会いたかった。
『会ってどうするの?』と聞かれると困る。
とりあえずは謝る。
けれど、そのあとのことはわからない・・・。
『今夜こそ、死のう・・・』
そう私は心に決めて静かな家を出た。
けれど、私は死ななかった。
いや、私は生かされた。
あの夜、あの海に秋人がいなければ私は確実に死んでいた。
秋人のお陰で私は今、生きている・・・。