もしもの恋となのにの恋
私と秋人は一体、どのくらいの時間そうして無言で抱きしめ合っていたのだろう?
私はいつの間にか泣き止んでいた。
それでも秋人は私を力強く抱きしめ続けてくれていた。
暖かい・・・。
私はそろそろと秋人の首元にまだ涙で濡れている顔を埋め込んだ。
そうすると秋人の匂いが濃くなった。
私と秋人は恋人同士じゃない・・・。
なのに・・・だ。
なのに私は秋人にそんなことをしてしまっている・・・。
それも私には司がいるのに・・・だ。
そして、秋人には恐らく夏喜が・・・。
私と司は今、婚約をしている。
なのに私は秋人にそんなことをしてしまっている・・・。
司はこんな私を許してくれるだろうか?
バレてもいい・・・。
そんな思いが不意に頭の中を掠めた・・・。
バレてもいい・・・。
本当にそう思うこの気持ちはなんなのだろうか?
別に司に不満があるわけでも司に冷めたわけでもない。
司はいつだって優しいし、私は心から司を愛している。
なのに・・・だ。
なのに私は秋人と抱きしめ合って離れようとしない。
それどころかもっと秋人と密着していたいとさえ思っている・・・。
それはいけないことだと思う。
なのに・・・だ。
私は秋人のさらりとした髪に手を伸ばし、そのまま秋人の髪を何度も何度も撫で付けた。
相変わらず秋人は綺麗な髪をしている・・・。
「・・・千鶴?」
落ち着いた秋人の声・・・。
その声を私はもっと聞きたいと思った。
もっと聞きたい・・・。
もっともっと聞きたい・・・。
そして、もっと私の名前を呼んで欲しい・・・。
もっと秋人に溺れていたい・・・。
「・・・千鶴、離れよう」
私のその不純な思いを察してか秋人はそう言うとすぐに私を手放した。
けれど、私は秋人を手放さなかった。
それどころか私はもっと秋人を強く抱きしめた。
放したくない・・・。
離れたくない・・・。
本当に心の底からそう思った。
私は傲慢で強欲な人間だ・・・。
そして、私は本当に嫌な女だ・・・。
「・・・千鶴、どうしたの?」
そう聞いてきた秋人の声はいつも以上に落ち着いていた。
それがなんだか腹立たしい・・・。
少しくらい焦ればいいのに・・・。
そんなことを私は心の内で呟いた。
「・・・離れたくない」
私は子供のようにそう言って、更に強く秋人に抱きついた。
トクン・・・トクン・・・という秋人の優しい心音が微かに聞こえた。
本当に心音は落ち着く音だ・・・。
「・・・それは・・・どうして?」
何かを試すような秋人の口調に私はムッとさせられた。
今夜はどうも情緒が定まらない・・・。
「・・・秋人のことが・・・好きだから・・・」
私のその言葉を聞いて秋人はくつくつと笑いだした。
ムッとして『何が可笑しいの?』と聞こうとした時、私の体は大きく揺れた。