もしもの恋となのにの恋
本当に本当
「・・・千鶴、離して」
俺は千鶴にそう頼んでみた。
だが、千鶴は頷くことはなく、首を横に振った。
俺は今のその状況に困惑していた。
だが、その反面嬉しくもあった。
当たり前だ。
長年好きでいた人に抱きしめられているのだから嬉しくないはずがない。
もっと・・・。
もっと、千鶴に近づきたい・・・。
もっと、千鶴に触れていたい・・・。
もっと、千鶴のことを知りたい・・・。
俺は本当に本当に千鶴のことが好きだ・・・。
本当にどうしようもないほどに・・・。
溺れてしまうほとんどに・・・。
「千鶴・・・これ以上は俺が堪えられない・・・。だから、離して・・・」
俺は素直な気持ちをそのまま言葉にした。
これ以上は堪えられない・・・。
これ以上、千鶴に抱きしめられていたら俺はそれ以上のことを千鶴に望んでしまう・・・。
そんなこと、あってはならない・・・。
千鶴には宮原さんがいる・・・。
わかっている・・・。
なのに・・・だ。
「・・・秋人はいつから私のことが好きだったの?」
千鶴は俺の言葉を無視し、そんなことを訊ねてきた。
俺は小さな溜め息を吐き出した。
少し気持ちが落ち着いた気がする・・・。
「・・・わからない。けれど、千鶴のことを本当に好きだと気づいたのは忍が死んでからだよ」
俺はありのままを返答した。
千鶴はそんな俺を強く抱きしめ直し、俺の頭を優しく撫で付けた。
・・・やめてくれ。
俺は心の内でそう言うも声に出してそれを千鶴に言うことはできなかった。
「・・・千鶴」
「ごめんね、秋人」
俺の言葉を遮り、そう言った千鶴の声は微かに震えていた。
「・・・千鶴、泣いてるの?」
俺のその言葉に千鶴からの返答はなかった。
それはつまり『はい』と言うことだろう。
嗚呼、苦しい・・・。
胸がしめつけられ、息ができない・・・。
俺はゆっくりと千鶴の髪に触れた。
もっと、千鶴に触れていたい・・・。
その気持ちを俺は抑えられなくなっていた。
「ずっと・・・」
千鶴が微かに震える声で話を切り出した。
俺は千鶴の髪に触れ続けていた。
本当に綺麗な髪だ。
「ずっと秋人は私のこと、好きでいてくれたの?」
「・・・ああ」
俺の返答に千鶴は笑ったようだった。
その笑顔が俺は見たかった。
「秋人、ありがとう・・・」
千鶴はそう言うと俺をぎゅっと抱きしめ、声を殺してまた泣き出した。
俺はそんな千鶴をただ、力一杯に抱きしめ返した。
本当にどうしようもないほどに好きだ・・・。
心の内で俺はそんな言葉を呟いた・・・。
この気持ちを俺は一体、どうしたらいいのだろう?
今までにも確かに恋人はいた。
だが、どの女性も千鶴を思うほど思うことができなかった。
千鶴には今のところ誰も勝てていない・・・。
もしも、千鶴が俺の恋人になってくれたなら・・・。
そんな『もしも』を想像するたび、俺は言いようのない苦しみに襲われる・・・。
そんな『もしも』のことなどありはしない・・・。
悪魔の囁きがどこからともなく聞こえてくる・・・。
それでも俺は千鶴を思う。
本当に本当に俺は千鶴のことが好きだ・・・。
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