もしもの恋となのにの恋
「夏喜は俺に恋をしていた。・・・いや、正確には今も・・・だ」
俺はそう言って小さな溜め息を吐き出した。
夏喜はいつから俺に恋心を抱いていたのだろうか?
俺はふと、そんなことが気になった。
まあ、そんなこと、どうでもいいことだ・・・。
本当にそうだと俺は思う・・・。
「・・・夏喜の好きな人って・・・秋人だったんだ・・・」
千鶴の独り言のような呟きに俺は小さく頷いた。
本当に千鶴は鈍感だ。
だが、そんなところがまた愛しい・・・。
「・・・秋人は忍が好きだった人、知ってる?」
千鶴の質問に俺は瞬いた。
知っているも何も・・・。
「千鶴だろ?」
俺の返答に千鶴は吹き出した。
何がそんなに可笑しいのだろう?
「違うよ!『私が好き』なんじゃなくて『忍が好き』だった人!」
千鶴は強くそう言うと俺から体を離してどこか痛いような、くすぐったいような笑みを満面に滲ませた。
千鶴は一体、何を言っているのだろうか?
俺は小首を捻り、先ほどとほぼ同じ返答を繰り返した。
「だから・・・千鶴だろ?」
忍は千鶴のことが好きだった。
そして、千鶴も忍のことが好きだった・・・。
忍と千鶴は両思いだった・・・。
だが、忍も千鶴もお互いにその気持ちを打ち明けることはなく、その恋は忍の死で終わってしまった・・・。
俺は心の底から忍と千鶴の幸せを願っていた・・・。
そんな両思いの二人を羨ましく思ったことも疎ましく思ったことも確かにある。
それでも忍と千鶴の幸せを俺は願っていた。
なのに・・・だ。
現実はいつだって残酷だ・・・。
「・・・嘘」
千鶴はその言葉だけを口に出すと俺の目を真っ直ぐに見つめ見た。
千鶴は俺が嘘を吐いていると思っているのだろうか?
だが、残念なことにそれは事実だ・・・。
嘘は何一つ、吐いていない・・・。
忍は千鶴のことを好いていたし、中学生なりに千鶴を愛していた・・・。
ただ、その事実を忍は言葉にし、口に出して千鶴には伝えなかった・・・。
それはなぜか・・・。
その理由を俺は知っている・・・。
「嘘じゃない。・・・それが事実だ。忍は千鶴のことを好いていたし、愛していた」
俺のその言葉に千鶴は声を出さずにボロボロと涙を流しだし、放心状態へと陥った。
現実はいつだって残酷だ・・・。
俺は心の内でそう呟いて在りし日の情景をひっそりと思い出していた・・・。