名のない足跡
あたしは驚いて、声を出せなかった。
ウィンが、急に机の上に片膝を乗せて座り、あたしの腕をつかんだから。
「…聞いてた。あんなアホな話」
話を聞かれていたことよりも、ウィンにつかまれた腕の方が気になったあたしは、
「ウィン、痛ッ…はな、して」
そう言って、腕を振り解こうしたけど、ウィンは放してくれなかった。
さっきまでとは全然違うウィンの様子に、あたしは戸惑いながら言った。
「…ウィン、どうしたの?ねぇ、変だよ」
「―――…っかつく…」
「え?」
短く呟かれた言葉が聞き取れなくて、あたしは聞き返した。
するとウィンは、瞳を細めてあたしを見た。
「むかつくんだよ、あんた。…何で、気づかねぇの」
その瞳があまりにも切なそうで、あたしは一瞬ドキッとした。
「き、気づくって…何に?」
「あんた自身の気持ちと…俺の気持ちに」
あたしが口を開く前に、ウィンは小さく言った。
「―――俺はあんたが好きなんだ、ルチル」
その言葉は、小さく呟かれたはずなのに、あたしにはとてつもなく大きく感じられた。