名のない足跡
†††
追いかけて来なければよかった。
とっさに俺はそう思った。
あの時、姫様が無理に笑っていた気がして、俺はメイドたちに引き止められつつも、適当に理由をつけて姫様を追った。
執務室から聞こえた、姫様の泣き声。
開きっぱなしの扉から見えた、その光景。
そのまま時間が止まるんじゃないかってぐらい、俺は衝撃を受けた。
―――そこには、抱き合っている姫様とウィンがいた。
何で姫様が泣いているのかも、何で抱き合っているのかもわからない。
ただ、俺はその部屋に飛び込んでいきたい衝動を必死で抑えた。
この気持ちは、伝えてはいけない。
わかっているのに、これがなかなか難しい。
気づけば心に芽生えていたソレは、見て見ぬフリをしても、どんどん大きくなっていく。
愛しい愛しい、俺の姫君。
廊下の窓から、止むことのない雨を見た。
その雨が、俺のこの気持ちを流し去ってくれるように願ってから、静かにその場を立ち去った。