名のない足跡

「そんなわけない…父様は…昨日あたしと…」


昨日の夕食時、あたしは父様と約束した。


明日は海に散歩でも行こうか、って父様が言うから。


あたしは笑顔で「うん」って答えた。


あの時父様は笑ってたのに。あたしの、大好きな笑顔で。



あたしは、すがるような思いでアゲートさんを見た。


冗談ですよ、って笑って言ってくれるのを待った。


…心のどこかでは、冗談なわけがないとわかっていながら。


「ルチル様…」


そう呟いた、彼の悲痛な声と表情で、真実なのだと知らされた。


「父、様…」


あたしは、急に目の前が真っ暗になった。



途切れゆく意識の中で、わかったことは二つだけ。


ひとつは、崩れ落ちるあたしの体を、誰かが受け止めてくれたこと。



ふたつめは…




父様は、

もう戻ってこないのだということ。





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