名のない足跡
あたしは、虚ろな目で、床に散らばっているガラスの破片を見た。
アズロが庇ってくれなかったら、あたしは…。
小刻みに震える体を両手で抑え、うつむく。
「…不審な奴いないか、見てくるな」
ウィンが小さく呟き、執務室を出た。
その後ろ姿を見ていると、不意に、ライトと目が合う。
「姫様…」
怖くないって言ったら、嘘になる。
でもあたしは、誰かがあたしの為に傷つくことが、きっと何よりも怖いんだ。
もしもこの先、ライトまでこういう目にあったら?
そんなことを考えると、震えは一向に止まらなかった。
「姫様が考えていること、わかりますよ」
あたしが驚いた顔をすると、ライトは微笑んで続けた。
「…でも、仕方ないんですよ。俺たち護衛部は、そのためにいるんですから。姫様は、護られることに慣れなきゃいけません」
「…すごいな、ライトは。何でわかるの?」
「何年お側で仕えてると思うんですか?十二年ですよ?十二年」
「あはは、もう十二年かー」
気づけば、震えは収まっていた。
割れた窓ガラスの隙間から、冷たい風が流れ込む。
大好きな国の風景を眺めても、胸の中の嫌な予感は、消えなかった。