名のない足跡
1.小さな丘で
その日は、何の前触れもなくやってきた。
冷たい風が吹きつける中、カルム城内は暖かかった。
暖炉のおかげもあるだろうけど、人々が忙しなく動き回ってる、っていうのもある。
来週の、12月25日はあたしの誕生日。
姫様の誕生日とクリスマスを一緒にお祝いしよう!というアゲートさんの提案から、パーティーが催されることが大決定。
今はその準備期間。
あたしは祝われる立場だから、と手伝わせてもらえないのが、何とも悲しい。
この日、早めに仕事を片づけたあたしは、中庭の散歩でもするか、と思い立ち、城の正面の大扉へと向かった(一番近かったからね)。
扉を開けようと、両手を前に出した瞬間、急に扉が開いた。
扉は外側に開くので、あたしはそのまま前のめりに倒れ、地面に顔を打った。
「あれっ、ルチルじゃん」
まずその声に驚いたあたしは、すぐに体を起こし、目の前に立つ人物を見上げた。
そして、二度目の衝撃を受けた。
「に……兄様…!?」
「久しぶり★」
にかっと笑ったその人物は、紛れもなく、失踪していた兄様だった―…