名のない足跡

「一刻も早く、後継者への戴冠式を行わねばなりませぬ。それと同時に、国民の混乱も防がねばなりませぬ。決して、先が良いとは言えない状況なのです」


言葉を切り、ゆっくりと辺りを見回すアゲートさんを見て、この人は、やはり王の補佐官であるほどの人物だったのだ、と俺はぼんやりと思った。


「今回の会議で、各部の高官位の方々しかお呼びにならなかったのは、混乱を減らす為です。私たちが混乱してしまえば、この国は終わりなのです。…皆様のご決断を願います」


ごくり、と四方八方から唾を飲む音がした。


「今後のこの国の為にも、ルチル姫様の王への即位承認と、今までと変わることなく全力を尽くし、王への忠義を示して下さいますか」


波打つ静寂。


最後の問いには、

「示して下さいますかねぇ?」

というものではなく、

「もちろん、示して下さいますよね」

という無言の圧力が含まれている。


「と、言いますか、今までと同じではいけませんね。今まで以上にです」


にっこりと付け加えるアゲートさん。


一瞬、悪魔の微笑みに見えてしまった。






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