名のない足跡
「…アゲートさん、ルチルと二人で話したいんだけど」
兄様がそう言うと、アゲートさんは一瞬何かを言いかけて、思い直したかのように口をつぐみ、ただ頷いた。
アゲートさんに促され、執務室にいたあたしと兄様以外のメンバーは、ぞろぞろと部屋を後にした。
ライトが心配そうに立ち止まったけど、「こらライト、兄妹水入らずだぞっ」ってモルファに連れてかれた。
執務室の扉が閉まると、兄様は近くのソファに腰掛けた。
「…ルチル、この部屋、いつも障壁張ってるか?」
「しょ、しょうへき?」
「張っといた方がいろいろ楽だぞ」
そう言って兄様は小さく呪文を唱え、人差し指を軽く振った。
「…よしっ、と。これに誰にも聞かれる心配はない。…って、ルチル?」
あたしは、気づくと涙を流していた。
「…っ、兄様のばか…!心配、かけてっ…」
嗚咽を飲み込み、あたしは今までの気持ちを一気に漏らす。