名のない足跡

「兄は二十歳を迎えたその夜、弟のもとへ行き、こう言いました。"俺は、この国が好きだ。国王を殺すことなんて出来ない。そう父さんに報告する" そう言って、兄は去った。…その半月後、兄は殺されました」


殺された。


そう言ったとき、ライトの肩が少し震えたことに、あたしは気がついた。


「弟は深く傷つきました。弟は、兄を殺したのは、父が差し向けた臣下だと直感したのです。弟は父を憎み、同時に恐ろしく感じました」


一日だけ、ライトがひどく元気がない日があったことを、あたしは思い出していた。


あの時あたしは、必死でライトを笑わせようとしていた。



…笑うことで、治せる傷じゃなかったのに。


「弟は、そのことを出来る限り考えないようにしました。その時の幸せな時間を、弟は失いたくなかったんです。弟も、その国が大好きでした」


もう、限界だった。


こらえていた涙は、簡単にあたしの頬を濡らした。




< 245 / 325 >

この作品をシェア

pagetop