名のない足跡
「兄は二十歳を迎えたその夜、弟のもとへ行き、こう言いました。"俺は、この国が好きだ。国王を殺すことなんて出来ない。そう父さんに報告する" そう言って、兄は去った。…その半月後、兄は殺されました」
殺された。
そう言ったとき、ライトの肩が少し震えたことに、あたしは気がついた。
「弟は深く傷つきました。弟は、兄を殺したのは、父が差し向けた臣下だと直感したのです。弟は父を憎み、同時に恐ろしく感じました」
一日だけ、ライトがひどく元気がない日があったことを、あたしは思い出していた。
あの時あたしは、必死でライトを笑わせようとしていた。
…笑うことで、治せる傷じゃなかったのに。
「弟は、そのことを出来る限り考えないようにしました。その時の幸せな時間を、弟は失いたくなかったんです。弟も、その国が大好きでした」
もう、限界だった。
こらえていた涙は、簡単にあたしの頬を濡らした。