名のない足跡

ライトに気づかれたくなくて、込み上げてくる嗚咽だけは、必死に飲み込んだ。


「弟がついに二十歳になった時、国王は自らで命を絶ってしまいました。弟は悲しむと同時に、自分が手をかけずに済んだことに安心しました。けれど、姫が王位を継ぐことになり、弟は再び不安になりました。姫を殺すことは、弟にとってもっと難しかったからです」


ねぇ、こっちを見てよ。


あたしは矛盾しつつも、そう思った。



見られたくない。


でも、こっちを見て話してほしい。


「弟の心配は、その時はなくなりました。父に、しばらくは様子を見ろと言われたからです。しかし、しばらくして、姫と他国の仲が深まったことを知った父は、兵器が手に入れにくくなることを恐れ、姫を殺すよう、臣下を手向けました」


ライトが、ゆっくりと窓を開けた。


冷たい風が部屋に入り込む。


雪は、まだ降り続いていた。



あんなに幸せだった時間が、遠くに感じる。





< 246 / 325 >

この作品をシェア

pagetop