名のない足跡
1.追憶の彼方に
嵐は、前触れなく突然やって来て、何事もなかったかのように過ぎ去った。
ウェルス国軍が侵入して来た、あの日。
たった一夜の出来事が残した傷跡は、小さくはなかった。
幸いなのは、犠牲者が誰も出なかったこと。
軽傷者や重傷者はいても、死者だけは出なかった。
そのぶん、城が受けたダメージは大きく、痛々しかった。
庭は荒らされ、窓ガラスは砕け散り、壁の至る所は崩壊。
それでも、カルム城の臣下たちは、誰一人としてこの城を見捨てたりはしなかった。
城の修復を、寝る間も惜しみ、誰もが積極的に行動した。
早いもので、あの日から一ヶ月が経った。
少しずつだけど、城は元の形状を取り戻しつつある。
あたしは城の修復を手伝いたかったけど、やらなきゃならないことが、他にもたくさんあった。
何よりも先に、国民に話さなければならなかった。
けど、国民は誰もあたしを責めたりはせず、むしろ城の修復を手伝う、とまで言ってくれた。
崩れかけていたあたしの心は、一旦そこで救われた。