名のない足跡
‡‡‡
あのとき、確かにあたしは実感した。
ひとりなんかじゃないんだ…って。
それでも…
それでもね?
あたしは、足を進め、バルコニーの手すりに手をかけた。
ここから見える景色は、あの日よりも少しだけ色づいているのに。
ここから見える景色は…
あの日よりも、何だか色褪せて見えるんだ。
笑っちゃうよね。
あなたがいないだけなのに。
…ううん。
あなたが…いないからこそ、だ。
まるで、あの日を再現するかのように、春にしては冷たい風が吹き抜けた。
肌を突き刺すこの寒さを、和らげてくれるひとは、もういない。
心を突き刺すこの痛みを、和らげてくれるひとは、もういない。
そっと、唇に手を添える。
『さよなら』
その言葉は、恐れていたあの夢が、現実になった瞬間だった。
いつの日かの夢の中のように、あたしは静かに涙を流した―――…