名のない足跡

†††


「…兄様…いる…?」



辺りが薄暗い闇に包まれ始めた頃、あたしは兄様の部屋を訪れた。


軽くノックをすると、部屋の中から兄様の声がかかった。


「ルチルか?入っていいぞ」


あたしは静かに扉を開け、兄様の部屋に入った。


「…ごめんね兄様」


「何だルチル、入ってきていきなり謝るのか?」


あはは、と笑う兄様を一度見てから、あたしは顔を伏せた。


「…兄様のことだから、もうわかってるんじゃない?」


兄様の笑い声がピタリと止む。


重苦しい沈黙がしばらく流れた後、ため息が聞こえた。


「…行くんだろ?」


「……うん」


あの悪夢のような日から、もう三ヶ月は過ぎ去った。


城の修復も終わり、いつも通りの日々が始まっていた。



…いつも通り?


ううん、絶対違う。


いつも通りなんかじゃない。



「…兄様、あたしウェルスに行ってくる」



あたしを見る兄様の表情は、思ってたよりもずっと柔らかかった。





< 289 / 325 >

この作品をシェア

pagetop