名のない足跡
†††
「…兄様…いる…?」
辺りが薄暗い闇に包まれ始めた頃、あたしは兄様の部屋を訪れた。
軽くノックをすると、部屋の中から兄様の声がかかった。
「ルチルか?入っていいぞ」
あたしは静かに扉を開け、兄様の部屋に入った。
「…ごめんね兄様」
「何だルチル、入ってきていきなり謝るのか?」
あはは、と笑う兄様を一度見てから、あたしは顔を伏せた。
「…兄様のことだから、もうわかってるんじゃない?」
兄様の笑い声がピタリと止む。
重苦しい沈黙がしばらく流れた後、ため息が聞こえた。
「…行くんだろ?」
「……うん」
あの悪夢のような日から、もう三ヶ月は過ぎ去った。
城の修復も終わり、いつも通りの日々が始まっていた。
…いつも通り?
ううん、絶対違う。
いつも通りなんかじゃない。
「…兄様、あたしウェルスに行ってくる」
あたしを見る兄様の表情は、思ってたよりもずっと柔らかかった。