名のない足跡
そんな俺とアズロの横を、あのひとは素通りした。
正直、驚いた。
何か言ってくれるんじゃないかと、心のどこかで期待していた。
けれど、彼女は俺を一瞥もせず、真っ直ぐに父上の前まで進んだ。
「…これはこれは、フォーサス国の女王様…」
「こんばんは」
彼女は短く挨拶を済ませ、ふう、と息を吐いた。
緊張しているように見える。
「…あたしと、戦って下さい」
………な!?
すぐに止めに入ろうとすると、アズロの腕が邪魔をする。
「…っアズロ、何してるんですか。あの方の護衛でしょう」
「あんたに言われたくないね。…残念ながら、あんたを止めるのがオレの役目」
俺は舌打ちをし、父上を見る。
そもそも、こんな馬鹿な提案を、あの人が受け入れるわけがない。
「…どういう魂胆だ」
「そうですね、普通に話してくれそうもないですし。戦いの最中なら、うっかりな発言をしてくれそうですし」
それに、と彼女は微笑む。
「…あたしが勝ったら、交渉出来そうじゃないですか」