名のない足跡
誰からも恐れられる父上に、そんな言葉を言う度胸があったのは、過去には誰もいなかっただろう。
実際、父上は瞳を細め、鬱陶しい小バエを見るように彼女を見た。
「…大した小娘だ。この私に、喧嘩を売るとは」
「どうせなら、記念に買ってくださいよ」
完全に父上を挑発している。
…これは、まずい。
「……父上!」
俺が声を張り上げると、首筋にピタリと刃が当たるのを感じた。
けど、そんなの構いやしない。
「話を聞くことはありません!早急に追い出―…」
「黙れ、ライト」
俺が口をつぐむと、父上は椅子からゆっくりと立ち上がった。
「…いいだろう。場所を移す。来い」
………!
そう言うと父上は部屋を出た。
それに続くあのひとは、またも俺を見ずに目の前を通り過ぎた。
「…行くよ」
アズロに剣を突きつけられたまま、俺も二人についた。
父上と戦って、あのひとが勝てるわけがない。
そんなこと、分かりきっている。
…なのに、何がしたいんだ?