冷徹社長の秘密〜彼が社長を脱いだなら〜
そんなことを思いながら、ひたすら歩幅を早めた。そして、駅に着く信号のない交差点に差し掛かったときだった。


右折してくる車の急ブレーキが耳に響き渡る。咄嗟のことで大きく尻もちをつき、右手で自分を庇った。


右手の痛みは気になったけれど、それよりもバッグ。左手でそれだけは離さないようにしっかりと握りしめていたから、少し紙袋は汚れたけれど、中身は大丈夫みたい。良かった。


「すみません。大丈夫ですか?」


バッグが無事だったことで安心していた私に、車から降りて、急いで駆け寄ってきた男性。暗くてあまりちゃんと顔は見えない。


「あっ、だ、大丈夫です。ご心配かけてすみません」


「とりあえず、病院に行きましょう。知り合いに外科医がいるので、外傷がないか確認してもらいましょう」


「い、いえいえ。本当に大丈夫です。ありがとうございます」


本当に親切な人だな。と思っているとフワリと突然体が浮いた。なに、何が起こったの?


私が戸惑っていると耳元に囁くように話す声。


「すみません。埒があかないので、このまま病院に連れて行かせていただきます」


その間、数秒だったと思う。だけど、私にとっては、人生で初めてのお姫様抱っこ。顔もよく見えない、知らない男性だというのに、なんだかとても胸が高鳴った。
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