遠まわりの糸
「関西支店へ転勤になって、社宅に住み始めて、新しい高校に編入して。


最初の1年は、何事もなく過ぎていったの。


希望の国立大に合格できたし、何の不自由もなかったし。


でも父にとっては、母と私のために屈辱に耐えていた1年だった。


父の仕事は、関西に来る前は家電部門の営業をしていて、誇りとやりがいを持っていたんだけど。


関西支店で父が任せられた仕事は、社史の資料整理だった。


月曜から金曜までずっと、誰もいない資料室で膨大な量の資料と向き合うことになった。


お昼も一人。


話し相手もいない。


極端な話、寝てても何しててもとがめられることもない。


タイムカードを押すときに、名前も知らない誰かとすれ違うだけ。


月に一度、進捗状況を報告書にまとめてメールするだけ。




そして、私が大学に入って初めての夏休みの月曜日。


私は母と一緒に映画を観に行っていた。


父はいつものように出勤したけど、買いこんでいったお酒を浴びるように飲んで、会社の屋上から飛び降りた。


お酒をほとんど飲めない父が、ウイスキーを何本も飲んでた。


父は、鞄に遺書を残してた。


母と私に、何度も何度も謝っていた。


『頼りない父さんでごめん』って。


『仕事に行き詰まって、精神的に参ってしまった弱い父さんを許してください』って。


葬儀が終わってから、母と私は会社に事実確認したけど、『定時に帰っていたし、会社としては無理をさせていない』の一点張り。


母も私も疲れてしまって、大学の夏休みも終わる頃には二人ともボロボロだった。


でも生きていかなきゃいけない。


母と二人で社宅を出て新しいアパートへ引っ越す日に、隣の部屋へ挨拶に行ったの。


その隣の人が人事部の人で、日曜だったからたまたま家にいて、さっき話した父の仕事内容を教えてくれた。


『みんなすぐに辞めてしまいます、通称追い出し部屋ですから』


私はその人に追求して、詳しく教えてもらった。


最後にまた追い討ちをかけられ、特に母はズタズタに切り裂かれたみたいだった。


あの明るかった母が、しゃべらなくなった。


引っ越してから清掃の仕事を始めたけど、早朝と夜の仕事を掛け持ちしてて、私は昼は大学で夜は家庭教師のバイト。


同じ部屋に暮らしてるのにスレ違いばっかりで」










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