遠まわりの糸
そこまで一気に話すと、当時の感情がよみがえったのか、葵は静かに涙を流した。


俺も、なんて言葉をかけていいのかわからず、黙って葵を抱きしめて背中をなでることしかできなかった。


「朔、お母さんは今、入院してるの。


去年の11月に倒れて、関西には頼れる人もいないし、こっちに帰ることにしたんだけど、元の家は父の兄一家に譲ってしまったし、父の兄の奥さんと母は折り合いが悪くて頼れないから、元の家には戻れない。


それで、母の姉にお願いして、アパートの保証人になってもらって、母の身元保証人にもなってもらって。


母は、私が大学を辞めなくてはいけなかったことをずっと後悔してて。


父が残してた貯金を学費に使いなさいって言ってくれたから、今の大学に入ることができた。


だけど、母は働けないし、入院費もかかるし、学費はあるけど、生活費はかかるし。


父が残してた貯金もあるけど、母に何があるかわからないから手をつけられなくて。


生活費を稼ぐのにこっちでも家庭教師のバイト始めたんだけど、毎日やってもあんまり稼げないし、準備が大変で。


それで、キャバクラで働きはじめた。


知らない誰かと話すのは苦痛だけど、短時間で稼げるし。


割りきればなんとかなるし。


これが、今の私の全部」


「大変だったな」


もっと気のきいた言葉をかけたいのに、こんなつまんないことしか言えない俺がイヤになる。


でも、何か伝えたい。


葵の話を聞いても、何も変わらないってことを。


葵のそばにいたいってことを。


「俺は葵が好きだ。


好きだから、一緒にいたいんだ。


お金は稼げないけど、そばにいて支えたいんだ」


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