遠まわりの糸
「そんなのダメだろ!」


葵が金のために他人と寝る姿を想像したら、思わず大きな声になった。


「朔、声が大きい」


「ごめん」


「とにかく、堕ちるとこまでいっちゃうかもしれない私となんて、つきあわない方がいいよ」


俺が葵を抱く力を緩めた隙をついて、葵は離れた。


そして、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲みほすと、流しでカップを洗い始めた。


その背中は『もう私に構わないで』と言っているみたいに、冷たかった。



その背中を、あっためたかった。


堕ちるなんてダメだって、伝えたかった。


だから、葵を後ろからギュッと抱きしめた。


「堕ちるなんて言うな。


自分の体だろ、大事にしないでどうすんだよ。


俺が守るから、絶対に体は売るな」


葵の肩は、細かく震えていた。


葵を抱きしめている俺の腕に、葵の涙が落ちた。


葵だって、体を売るなんてしたくないはずだ。


だけど、自分の夢をあきらめたくないし、でも金は必要だし。


手っ取り早く稼ぐ方法なんて、ないから。


「葵、先生になりたいんだろ?


だったら、富裕層向けの家庭教師やるとか、将来役立つバイトに変えるのはどうなの?」


「富裕層向け?」


「葵の大学なら、先方も納得してくれると思うけど。


俺の友達が高校の時に教えてもらってたって言ってた。


教える準備も、将来の予行演習だと思えば頑張れるかもしれないだろ」


こんな安易な提案しかできない俺が、情けなかった。






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